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JLPT N1 – Reading Exercise 123
わたしは、暮くらしや家族かぞくの中なかにある科学かがくをテーマにして、雑誌ざっしに記事きじを書かくことがあります。料理りょうりの科学かがく、生活せいかつの中なかにある器具きぐのしくみなどを取とりあげて、科学かがくを専門せんもんとしない人ひとたちにも関心かんしんを持もってもらえるよう記事きじづくりを工夫くふうします。そんなとき(1)編集者へんしゅうしゃの注文ちゅうもんはこうです。「一般いっぱんの主婦しゅふの方々かたがたにとっつきやすくするために、内容ないようは科学かがくのことであっても「科学かがく」ということばは使つかわないでください。「科学かがく」と聞きいただけて引ひいてしまう(そのベージを読よむことをやめてしまう)人ひとがけっこういますから」これは、わたしにとってはむずかしい注文ちゅうもんであることが多おおいのですが、編集者へんしゅうしゃの言いうことは、一般いっぱんの人ひとに対たいする情報じょうほう発信はっしんの心構こころがまえとして、現時点げんじてんでは適切てきせつと言いうほかありません。「科学かがく」ということばを使つかうか否いなかが大おおきな問題もんだいなのではありません。読者どくしゃである「一般いっぱんの人ひとたち」も、発信はっしんする側がわである「編集者へんしゅうしゃ」も、科学かがくに対たいして距離きょりを感かんじているということであり、それは、現在げんざいの「科学技術かがくぎじゅつ」と(2)「それを使つかう人ひとたち」の関係かんけいを象徴しょうちょうしています。作つくる側がわ、発信はっしんする側がわは、当然とうぜんその内容ないようを熟知じゅくちし将来しょうらいの方向性ほうこうせいを提案ていあんしますが、それを使つかう側がわの人ひとは与あたえられたものを十分じゅうぶんに理解りかいせず「買かう」という行動こうどうだけで受うけ入いれていると言いいかえられます。(中略ちゅうりゃく)技術ぎじゅつ、そして科学技術かがくぎじゅつは、その時代じだいに生いきている人々ひとびとによって求もとめられ発展はってんしてきたものであるはずですから、わたしたちはそれらの科学技術かがくぎじゅつを使つかう主人公しゅじんこうです。しかし、はたしてわたしたちの科学技術かがくぎじゅつに対たいする理解りかいは、科学かがくの発展はってんとともに進すすんでいるでしょうか?たとえば、あなたの周まわりで、「科学かがくはむずかしいから」と決きめつけて、苦手にがてだと思おもっている人ひとはいませんか。あなた自身じしんはどうでしょう。科学的かがくてき理論りろんと実用化じつようかのレベルが複雑ふくざつで高度こうどなために、一握ひとにぎりの人ひとたちにしかわからないむずかしいものになってしまっているのは事実じじつです。専門家せんもんかや技術者ぎじゅつしゃが作つくり出だしたものを、マニュアルの通とおりに使つかうことさえできれば、(3)そのしくみなどを知しる必要ひつようはない、という人ひともいるかもしれません。しかし、そのような使つかい方かたでは、供給きょうきゅうする側がわから示しめされた技術ぎじゅつの「良よい部分ぶぶん」しか見みえません。科学技術かがくぎじゅつを提供ていきょうする側がわからは「良よい部分ぶぶん」しか聞きかれないのだとしたら……。それらを使つかう主人公しゅじんこうであるわたしたちは、与あたえられる情報じょうほうだけではなく、科学的かがくてき背景はいけいやしくみをすこしでも知しった上うえで、生活せいかつの中なかに取とり入いれるか、取とり入いれないのかを判断はんだんすることが必要ひつようです。良よいこと(ベネフィット)も悪わるいこと(リスク)も考かんがえながら科学技術かがくぎじゅつとつきあっていく、その第一歩だいいっぽは、「知しること」です。(佐倉さくら純じゅん/古田ふるた{ゆかり}/リビング・サイエンス・ラボ「おはようからおやすみまでの科学かがく」による)とっつきやすくする:ここでは、受うけ入いれられやすくする