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JLPT N1 – Reading Exercise 102
世界せかいの諸民族しょみんぞくのあいさつを調しらべてみると、(中略)握手あくしゅに代表だいひょうされるような相互的そうごてきなあいさつはきわめてめずらしい{こと}がよくわかる。それはたいていの社会しゃかいで、身分みぶんや地位ちいや役割やくわりがはっきり定さだまっているからにほかならない。また、毎日まいにちの軽かるいあいさつがおこなわれる社会しゃかいが少すくないというのは、それらの社会しゃかいでは人々ひとびとはもっぱら家族かぞくや親族しんぞくや部族ぶぞくなど所属しょぞくする社会集団しゃかいしゅうだんの成員せいいんとして生いきていて、個人こじんとしての役割やくわりがあまりみとめられていない{こと}と関係かんけいしている。そうした集団内しゅうだんないでは、物もののやりとりなどの際さいにも、ふつうあいさつはいらないのである。たとえばインドでは家族かぞくや友入ともいのあいだではふつう感謝かんしゃの表現ひょうげんはおこなわれない。かえってタブー視しされるのだが、家庭かていの食卓しょくたくで塩しおを手渡てわたしてもらっても「ありがとう」という欧米流おうべいりゅうは、家族かぞくが一体いったいになって暮くらす社会しゃかいでは、むしろ「他人行儀たにんぎょうぎ」な{こと}なのだろう。日本人にほんじんもいつのまにか家庭かていのなかで「ありがとう」をくりかえすようになった。しかも、それは文句もんくなしによい習慣しゅうかんとかんがえられているようだ。それは家族かぞくが身みを寄よせあうようにして生いきていた暮くららしがすっかり過去かこのものになり、人間関係にんげんかんけいが様変さまがわりした{こと}を如実にょじつに物語ものがたっている。(野村のむら雅一まさいち「身みぶりとしぐさの入類学にゅうるいがく」中央公論新社ちゅうおうこうろんしんしゃによる)タブー視しする:人前ひとまえで話はなしたり、したりしてはいけない{こと}だと考かんがえる他人行儀たにんぎょうぎ:(家族かぞくや親したしい人ひとに対たいして)他人たにんに対たいするように冷つめたく振ふる舞まうようす様変さまがわりする:ようすがすっかり変かわる如実にょじつに:明あきらかに