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知床観光船沈没事故めぐる裁判 原告11人が意見陳述

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知床しれとこ観光かんこう船せん沈没ちんぼつ事故じこめぐる裁判さいばん 原告げんこく11人にんが意見いけん陳述ちんじゅつ

N2
13/03/202548
知床観光船沈没事故めぐる裁判 原告11人が意見陳述
0:00

北海道ほっかいどう・知床しれとこ半島はんとう沖おきで観光かんこう船せんが沈没ちんぼつし、26人にんが死亡しぼう・行方ゆくえ不明ふめいになった事故じこをめぐり、乗客じょうきゃくの家族かぞくなどが運航うんこう会社かいしゃや社長しゃちょうに対にたいしておよそ15億おく円えんの損害そんがい賠償ばいしょうを求もとめている裁判さいばんが13日にち、札幌さっぽろ地方ちほう裁判所さいばんしょで始はじまりました。
乗客じょうきゃくの家族かぞくなどあわせて11人にんの原告げんこくが意見いけん陳述ちんじゅつを行おこない、元もと妻つまと小学生しょうがくせいだった息子むすこが行方ゆくえ不明ふめいになっている男性だんせいは「死しぬまで喪失そうしつ感かんは消きえない」と訴うったえました。
知床しれとこ観光かんこう船せん沈没ちんぼつ事故じことは

事故じこが起おきたのは、3年ねん前まえ、2022年ねんの4月つき23日にちでした。
「知床しれとこ遊覧ゆうらん船せん」が運航うんこうする観光かんこう船せん「KAZU I」は、午前ごぜん10時じごろにウトロ港こうを出港しゅっこうしましたが、午後ごご1時じ18分ふんごろ通信つうしんが途絶とだえ、知床しれとこ半島はんとうの沖合おきあいで沈没ちんぼつしたとみられています。
観光かんこう船せんには乗客じょうきゃくと乗員じょういんあわせて26人にんが乗船じょうせんしていましたが、このうち20人にんが死亡しぼうし、6人にんがいまも行方ゆくえ不明ふめいになっています。
桂田かつらだ精一せいいち社長しゃちょうは、事故じこから4日にち後ごの記者きしゃ会見かいけんで、ひざまずいて深ふかく頭あたまを下さげ、「このたびは当社とうしゃの船舶せんぱくのクルーズの中なかで大変たいへんな事故じこを起おこしてしまい、被害ひがい者しゃの方々かたがたに対にたいし大変たいへん、申し訳もうしわけございません。被害ひがい者しゃの方々かたがたのご家族かぞくに対にたいして大変たいへんな負担ふたんをかけております、申し訳もうしわけございません」と謝罪しゃざいしました。
そして、事故じこの当日とうじつ、周辺しゅうへんでは強風きょうふう注意ちゅうい報ほうや波浪はろう注意ちゅうい報ほうが出だされていたことは認識にんしきしていたとしたうえで、「午後ごごの天気てんきが荒あれる可能かのう性せいがあるが、朝あさの時点じてんでは風かぜや波なみが強つよくなかった。海うみが荒あれるようなら引き返ひきかえす『条件じょうけん付つき運航うんこう』として出港しゅっこうさせた」と説明せつめいしていました。
観光かんこう船せんの出航しゅっこうを決きめた判断はんだんについては、「いまとなれば、このような事故じこを起おこしてしまったので、間違まちがっていたと思おもっている」と述のべていました。
事故じこを調査ちょうさした国くにの運輸うんゆ安全あんぜん委員いいん会かいは2023年ねん、9月つき、報告ほうこく書しょを公表こうひょうしました。
この中なかでは、船ふねの甲板かんぱんにあるハッチのふたが確実かくじつに閉しまっていない状態じょうたいで運航うんこうしたため、船内せんないに海水かいすいが流入りゅうにゅうしたとしたうえで、知見ちけんのない桂田かつらだ社長しゃちょうが安全あんぜん管理かんり者しゃの立場たちばにあるなど、会社かいしゃには安全あんぜん管理かんり体制たいせいが存在そんざいしていない状態じょうたいだったと指摘してきしました。
桂田かつらだ社長しゃちょうは、運航うんこう管理かんり者しゃなどとして事故じこを未然みぜんに防ふせぐ義務ぎむを怠おこたり、乗客じょうきゃくと乗員じょういんを死亡しぼうさせたとして、2024年ねん10月つきに業務ぎょうむ上じょう過失かしつ致死ちしの罪つみで起訴きそされました。
この事故じこをめぐり、乗客じょうきゃく14人にんの家族かぞくなど29人にんは去年きょねん7月つき、運航うんこう会社かいしゃの「知床しれとこ遊覧ゆうらん船せん」と、業務ぎょうむ上じょう過失かしつ致死ちしの罪つみで起訴きそされた社長しゃちょうの桂田かつらだ精一せいいち被告ひこく(61)にあわせておよそ15億おく円えんの損害そんがい賠償ばいしょうを求もとめる訴うったえを起おこしました。


裁判さいばんの最大さいだいの争点そうてん「事件じけん当日とうじつに船ふねを出航しゅっこうさせた判断はんだんの是非ぜひ」

この裁判さいばんが13日にち午後ごご、札幌さっぽろ地方ちほう裁判所さいばんしょで始はじまり、桂田かつらだ社長しゃちょうも出廷しゅっていしました。
裁判さいばんでは、「事件じけん当日とうじつに船ふねを出航しゅっこうさせた判断はんだんの是非ぜひ」が最大さいだいの争点そうてんになる見通みとおしです。
国くにの運輸うんゆ安全あんぜん委員いいん会かいの報告ほうこく書しょによりますと、事故じこ当日とうじつは、周辺しゅうへんの海域かいいきに風速ふうそく15メートル、波なみの高たかさ2メートルから2.5メートルの予報よほうが出だされていました。
原告げんこく側がわは、会社かいしゃの運航うんこう基準きじゅんでは風速ふうそく8メートル以上いじょう、波なみの高たかさ1メートル以上いじょうに達たっするおそれがある場合ばあいは、出航しゅっこうを中止ちゅうししなければならないと定さだめていたのに、桂田かつらだ社長しゃちょうは中止ちゅうしを指示しじしなかったとして、事故じこに直結ちょっけつした重大じゅうだいな過失かしつにあたるなどと主張しゅちょうしました。
これに対にたいし被告ひこく側がわは、当日とうじつの朝あさのミーティングでは、船長せんちょうから海うみが荒あれる可能かのう性せいがある場合ばあいに引き返ひきかえす『条件じょうけん付つき運航うんこう』にしたと報告ほうこくを受うけていて、港みなとでは出航しゅっこう前まえの波なみの高たかさは穏おだやかだったとして、運航うんこうの中止ちゅうしを指示しじすべき状況じょうきょうだったとはいえず、桂田かつらだ社長しゃちょうに過失かしつは認みとめられないと反論はんろんしました。
また、原告げんこく側がわは、運輸うんゆ安全あんぜん委員いいん会かいの報告ほうこく書しょで「運航うんこう会社かいしゃの安全あんぜん管理かんり体制たいせいが欠如けつじょしていた」などと指摘してきされたことを、慰謝いしゃ料りょうを算定さんていする理由りゆうとして考慮こうりょするよう求もとめました。
これに対にたいし被告ひこく側がわは、会社かいしゃに一定いっていの賠償ばいしょう責任せきにんがあることは認みとめる一方いっぽう、報告ほうこく書しょは事故じこの責任せきにんを問とうことを目的もくてきとするものではなく、事実じじつ認定にんていにも誤あやまりがあるとして、「安全あんぜん管理かんり体制たいせいが欠如けつじょしていた」と評価ひょうかすることはできないと反論はんろんしました。
このあと、乗客じょうきゃくの家族かぞくなどあわせて1いち1いち人にんの原告げんこくが意見いけん陳述ちんじゅつしました。


11人にんの原告げんこくが意見いけん陳述ちんじゅつ


最初さいしょの原告げんこく「父ちちが代弁だいべんできない思おもいを」

「父ちちは仕事しごとに熱心ねっしんで、『少すこし時間じかんができたから友ともだちと旅行りょこうに行いく』と言いって、家いえを出でたのが最後さいごの会話かいわになりました。一緒いっしょに旅行りょこうに行いった友人ゆうじんの家族かぞくから、父ちちが乗のった船ふねが事故じこにあったと聞きいたときには頭あたまが真っ白まっしろになりました」と当時とうじを振り返ふりかえりました。そのうえで「桂田かつらだ社長しゃちょうは規則きそくを破やぶり、尊とうとい命いのちを奪うばっておきながら普通ふつうの生活せいかつをしていることに強つよい怒いかりを覚おぼえます。父ちちが代弁だいべんできなかった思おもいや同おなじような思おもいをする人ひとがいなくなるように厳正げんせいな審理しんりをお願おねがいします」と訴うったえました。


2番目ばんめの男性だんせい「人生じんせいえぐられるような思おもい」

「いちばん無念むねんに思おもうことは、私わたしがこれから親孝行おやこうこうや、弟おとうとに何なにか兄あにらしいことをできる時期じきだったということです。新あたらしく生うまれた子こどもは、両親りょうしんにとって初孫はつまごでした。子こどもともっと一緒いっしょに遊あそんでほしかった。成長せいちょうを見みてもらえないことが本当ほんとうに悔くやしくてたまりません。私わたし以外いがいの家族かぞくが事故じこで亡なくなり、私わたしだけが残のこされました。こんな状況じょうきょうで今いままでと同おなじ生活せいかつなど到底とうてい送おくることはできません。人生じんせいをえぐられるような思おもいで生活せいかつしています。桂田かつらだ社長しゃちょうから個別こべつの謝罪しゃざいを受うけたことはありません。両親りょうしんと弟おとうとが経験けいけんした、息いきもできないほど冷つめたい水みずに飛び込とびこむ気持きもちを知しってほしい」と時折ときおり、涙なみだでことばを詰つまらせながら述のべました。


3番目ばんめの男性だんせい「家族かぞくの心情しんじょうに寄り添よりそった判決はんけつを」

3さん番目ばんめに意見いけん陳述ちんじゅつを行おこなったのは北海道ほっかいどう外がいに住すむ30代だい男性だんせいです。
「私わたしは被害ひがい者しゃの息子むすこで、父ちちのことは『おやじ』と呼よんでいました。まさかおやじがこのような事件じけんに巻き込まきこまれるとは、想像そうぞうできませんでした。おやじはいまだ行方ゆくえ不明ふめいのままです。おやじの初孫はつまごの娘むすめがことばを話はなすようになったある日ひ、『じぃじ、帰かえってこないね』と言いいました。それを聞きいたとき、悲かなしみとこのようにした桂田かつらだ氏しに改あらためて怒いかりを感かんじざるをえませんでした。おやじの無念むねんを少すこしでも晴はらすために、家族かぞくの心情しんじょうに寄り添よりそった判決はんけつをしていただけるようお願おねがいします」。


7番目ばんめの男性だんせい「海うみの厳きびしさを自分じぶんの体からだで経験けいけんして」

4番目ばんめから7番目ばんめは家族かぞくで意見いけん陳述ちんじゅつを行おこないました。
このうち7番目ばんめは60代だいの男性だんせいでした。
「私わたしたちの大切たいせつな息子むすこは34歳さいで命いのちを落おとしました。日常にちじょう生活せいかつではさまざまな場面ばめんで息子むすこがいたら『なんて言いうだろうな』などと考かんがえ、そのたびに夫婦ふうふともども涙なみだが浮うかんできます。私わたしは入浴にゅうよく時じに、『お父おとうさんはこんなに温あたたかい風呂ふろに入はいってごめんな』と心こころの中なかで息子むすこにわび、冷水れいすいを頭あたまにかぶって息子むすこの苦痛くつうと悔くやしさを忘わすれないようにしている毎日まいにちです」と述のべました。そして、桂田かつらだ社長しゃちょうのほうを見みすえ、「被告ひこくにも氷こおりのように冷つめたいあの海うみの厳きびしさを自分じぶんの体からだで経験けいけんしてみろといまでも毎日まいにち思おもっています」。


8番目ばんめの男性だんせい「死しぬまで喪失そうしつ感かんは消きえない」

8番目ばんめに意見いけん陳述ちんじゅつを行おこなったのは北海道ほっかいどう十勝とかち地方ちほうの50代だいの男性だんせいです。
元もと妻つまと小学生しょうがくせいだった息子むすこが行方ゆくえ不明ふめいになっています。
「元もと妻つまは、自分じぶんのせいで息子むすこをこんな状況じょうきょうにさせてしまったと思おもい、すごく無念むねんだったと思おもいます。私わたしはどんなに子こどもを抱だきしめたい、手てをつなぎたいと思おもってもできません。夢ゆめで会あうことしかできません。外そとで同い年おないどしくらいの子こどもを見みかけると、つらくて目めをそらしてしまいます。私わたしは死しぬまでこの喪失そうしつ感かんが消きえないと思おもうし、心こころから笑わらうこともないと思おもっています」。
また、桂田かつらだ社長しゃちょうに対にたいしては「自分じぶんの会社かいしゃの船ふねが沈没ちんぼつ事故じこを起おこしてこれだけ多おおくの方ほうが亡なくなって、亡なくなった人ひとやその家族かぞくなどに申し訳もうしわけないと思おもわないのでしょうか。桂田かつらだ氏しのまったく反省はんせいが感かんじられない態度たいどに接せっすると、さらに追い打おいうちをかけられるように、苦くるしく、つらい気持きもちになります」と涙なみだを流ながし、ことばを詰つまらせながら訴うったえました。
「事件じけんから3年ねんが経過けいかしましたが、時間じかんがたったとは感かんじません。毎日まいにち事件じけんのことが頭あたまから離はなれません。この事件じけんに関にかんしてまだ誰だれも責任せきにんを取とっていないので、私わたしの気持きもちは何なにも変かわっていません」。

Source: NHK
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